【ツール活用】導入事例

高可用性インフラへの移行:TerraformとKubernetesを用いたゼロダウンタイム・マイグレーションの全貌

インフラエンジニアにとって、既存のオンプレミス環境やレガシーなクラウド環境から、モダンなKubernetesベースの環境へ移行するプロジェクトは、最も難易度が高く、かつエンジニアとしての真価が問われる業務です。本稿では、ある中規模SaaS企業がモノリシックなアプリケーションをマイクロサービス化し、TerraformとAmazon EKS(Elastic Kubernetes Service)を用いてゼロダウンタイムで移行を完了させた事例を基に、その技術的な深部を解説します。

プロジェクトの背景と課題

対象となった企業は、急激なユーザー増に伴い、既存の仮想マシン(EC2)ベースの運用が限界に達していました。具体的な課題は以下の通りです。

1. スケーリングの遅延:イベント発生時にリソースの増強が間に合わず、ピーク時にレスポンスが低下する。
2. デプロイのボトルネック:手動運用の残滓があり、リリースまでに数時間を要し、ロールバックも困難。
3. 運用の属人化:特定のエンジニアしかインフラの状態を把握できていない「ブラックボックス化」の進行。

これらを解決するために、IaC(Infrastructure as Code)の徹底と、コンテナオーケストレーションによる自律的なインフラ管理への転換が求められました。

アーキテクチャの設計思想:イミュータブル・インフラストラクチャ

今回の移行で最も重視したのは「イミュータブル(不変)」なインフラの構築です。一度構築した環境にはパッチを当てず、変更が必要な場合は新しい環境を構築して差し替えるというアプローチを採用しました。

インフラ定義にはTerraformを使用し、AWSリソースをステート管理下に置きました。これにより、誰がいつ変更を加えたのかがGit履歴として残り、レビュープロセスを通すことで属人化を排除しました。

Terraformによる基盤構築の自動化

Terraformのコードベースは、モジュール設計を徹底しました。ネットワーク(VPC)、データベース(RDS)、クラスタ(EKS)を個別のモジュールとして切り出し、環境(Staging/Production)ごとに変数を注入する構成にしました。

以下に、EKSクラスタを定義する際のTerraformモジュールの基本構造例を示します。


module "eks" {
  source          = "terraform-aws-modules/eks/aws"
  version         = "19.0.0"
  cluster_name    = "production-cluster"
  cluster_version = "1.27"

  vpc_id     = module.vpc.vpc_id
  subnet_ids = module.vpc.private_subnets

  eks_managed_node_groups = {
    general = {
      min_size     = 2
      max_size     = 10
      desired_size = 3
      instance_types = ["t3.large"]
    }
  }

  tags = {
    Environment = "production"
    ManagedBy   = "Terraform"
  }
}

この構成の最大のメリットは、再現性の確保です。万が一、本番環境で予期せぬ設定変更が行われても、Terraformのプラン実行により即座に「ドリフト(乖離)」が検知され、元の正しい状態に自動的に戻すことができます。

ゼロダウンタイム・マイグレーションの手法

移行の最大の難所は、稼働中のサービスを止めずにトラフィックを新しいクラスターへ切り替える点です。ここでは、DNSベースの切り替えではなく、AWS Load Balancer Controllerを用いた「加重ルーティング」を採用しました。

1. 同期フェーズ:既存のデータベースをRead ReplicaとしてRDSへ移行し、同期を維持。
2. 並行運用:Kubernetes上でアプリケーションを立ち上げ、一部のトラフィック(1%)をカナリアリリースとして流す。
3. 切り替え:モニタリングツール(Datadog等)でエラーレートを監視しながら、徐々にトラフィックの比率を上げる。
4. 最終切り替え:全トラフィックを新環境へ移行後、旧環境を段階的にシャットダウン。

このプロセスにおいて、Kubernetesの「Readiness Probe」と「Liveness Probe」の設定が極めて重要でした。コンテナが完全に起動し、DBとのコネクションが確立されるまでトラフィックを流さない設定を徹底することで、ユーザーがエラーに遭遇する確率を極限まで下げました。

実務における教訓とアドバイス

今回のプロジェクトを通じて得られた、現場で役立つ実践的な知見を共有します。

第一に、「ステートフルなデータの扱い」です。アプリケーションのステートは可能な限り外部ストレージ(RedisやRDS)に逃がし、コンテナ自体をステートレスに保つことが、Kubernetes移行を成功させる絶対条件です。

第二に、「Terraformの状態管理」です。チームで開発を行う場合、TerraformのStateファイルをS3に保存し、DynamoDBでロックをかけることは必須です。これを怠ると、複数のエンジニアが同時に実行した際にStateが破壊され、壊滅的な被害を招きます。

第三に、「可視化の優先度」です。移行前後のメトリクス比較ができない状態での移行は、単なるギャンブルです。移行前からPrometheusやGrafanaを導入し、ベースラインとなる性能数値を可視化しておくことが、移行判断の根拠となります。

また、CI/CDパイプラインとの連携も重要です。GitHub Actionsを用いて、Terraformの`plan`結果をプルリクエストにコメントする仕組みを構築しました。これにより、エンジニアは「何が変わるのか」を事前に確認してからマージできるため、心理的な安全性と作業効率が劇的に向上しました。

まとめ:インフラエンジニアの役割の変遷

本事例が示す通り、現代のインフラエンジニアに求められるスキルセットは、「サーバーを構築・保守すること」から「システムという巨大なソフトウェアを設計・自動化すること」へと大きくシフトしています。

TerraformによるIaCの導入と、Kubernetesによる柔軟なオーケストレーションは、もはや大規模システムにおける標準装備です。しかし、ツールを導入すること自体は目的ではありません。真の目的は、ビジネスの成長に合わせてインフラを迅速にスケールさせ、開発者が価値創造に集中できる環境を提供することにあります。

これからインフラのモダナイゼーションを検討しているチームは、まずは小さなコンポーネントからIaC化し、次にCI/CDパイプラインを整備するというステップを踏んでください。急激な変革はリスクを伴いますが、段階的な自動化と、徹底した可視化を行うことで、移行の成功確率は飛躍的に高まります。

インフラは、システムの「土台」であると同時に、ビジネスの「アクセル」です。技術的な負債を解消し、堅牢なアーキテクチャを築くことは、組織のエンジニアリング文化を次のステージへ押し上げる最高の投資となります。本稿が、あなたのインフラプロジェクトの成功の一助となれば幸いです。

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