モダンなインフラ刷新:Kubernetes移行によるスケーラビリティとコスト最適化の実現
現代のWebサービスにおいて、トラフィックの予測不可能な変動は、インフラエンジニアにとって避けては通れない課題です。かつてモノリシックなアーキテクチャで運用されていた某SaaSプラットフォームが、どのようにしてKubernetes(EKS)への移行を果たし、可用性とコスト効率を劇的に改善したのか、その導入事例を技術的視点から詳細に解説します。
導入の背景と課題
本事例のクライアントは、月間数千万PVを抱えるB2B向けSaaSを提供していました。従来のインフラは、EC2インスタンス上で動作する手動構築のアプリケーションサーバ群と、RDSによるデータベース構成でした。しかし、以下の課題が顕在化していました。
1. スケーリングの遅延:Auto Scaling Group(ASG)によるインスタンスの起動時間が長く、突発的なスパイク時にレスポンスが著しく低下する。
2. デプロイの複雑性:環境差異によるバグや、デプロイ時のダウンタイム回避のための複雑なBlue/Greenデプロイ手順が運用負荷を増大させていた。
3. リソースの非効率:各サービスが個別のインスタンスを占有しており、CPU/メモリの利用率に大きな偏りがあり、コストの無駄が目立っていた。
技術選定と設計のポイント
移行先として選定されたのは、Amazon EKSを用いたコンテナオーケストレーション環境です。選定の理由は、マネージドサービスとしての信頼性と、エコシステム(Helm, ArgoCD, Prometheus等)の豊富さにあります。
設計における最大のポイントは「イミュータブルなインフラ」の徹底です。Terraformを用いてIaC(Infrastructure as Code)を構築し、インフラ環境の再現性を担保しました。また、コンテナ化にあたっては、各マイクロサービスを独立したPodとして定義し、HPA(Horizontal Pod Autoscaler)によるメトリクスベースの自動スケーリングを実装しました。
実装の詳細とKubernetes構成
移行の中心となったのは、GitHub ActionsによるCI/CDパイプラインの構築と、ArgoCDによるGitOpsの導入です。これにより、開発者がコードをマージするだけで、自動的にクラスタへ変更が適用されるフローを実現しました。
以下に、スケーリングを最適化するためのHPA設定のサンプルコードを示します。
apiVersion: autoscaling/v2
kind: HorizontalPodAutoscaler
metadata:
name: api-service-hpa
namespace: production
spec:
scaleTargetRef:
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
name: api-service
minReplicas: 3
maxReplicas: 20
metrics:
- type: Resource
resource:
name: cpu
target:
type: Utilization
averageUtilization: 60
- type: Resource
resource:
name: memory
target:
type: Utilization
averageUtilization: 75
behavior:
scaleUp:
stabilizationWindowSeconds: 0
policies:
- type: Percent
value: 100
periodSeconds: 15
scaleDown:
stabilizationWindowSeconds: 300
policies:
- type: Percent
value: 10
periodSeconds: 60
この設定では、CPU使用率が60%を超えた瞬間にスケールアウトを開始し、急激な負荷増大にも耐えられるように調整しています。また、スケールダウン時には安定化期間(Stabilization Window)を設けることで、チャタリング(頻繁なスケールアップ・ダウンの繰り返し)を防止しています。
実務上のアドバイスと注意点
Kubernetesへの移行は単なる技術の置き換えではありません。組織文化の変革が必要です。実務経験から得られた教訓をいくつか共有します。
第一に「オブザーバビリティの徹底」です。コンテナ環境はブラックボックス化しやすいため、DatadogやPrometheus + Grafanaを用いた監視は必須です。ログの集約(Fluentd/Fluent Bit)とトレーシング(AWS X-RayやJaeger)を導入していない環境でのKubernetes運用は、トラブルシューティングを極めて困難にします。
第二に「コスト管理」です。Kubernetesはリソース効率が良い反面、無制限にリクエストを許容するとコストが跳ね上がります。必ず各コンテナに`resources.requests`と`resources.limits`を設定してください。また、AWS Fargateを利用することで、ノード管理のオーバーヘッドを削減し、セキュリティパッチ適用等の運用負荷を下げる選択肢も検討すべきです。
第三に「セキュリティ」です。RBAC(Role-Based Access Control)の設計を甘く見てはいけません。Namespaceごとの権限分離を徹底し、PodにはIAM Roles for Service Accounts(IRSA)を適用することで、最小権限の原則を守ることが不可欠です。
移行による成果とまとめ
本プロジェクトの完了後、クライアントが得た成果は以下の通りです。
– デプロイ時間の短縮:手動作業が排除され、リードタイムが平均40分から5分へと劇的に改善。
– インフラコストの削減:リソースの密なパッキングが可能となり、前年比で約30%のコスト削減を達成。
– 可用性の向上:HPAの導入により、ピークタイムのレイテンシが安定し、ダウンタイムがほぼゼロに。
Kubernetes移行は、複雑な調整が必要な大規模プロジェクトですが、適切な設計と自動化を組み合わせることで、ビジネスの成長を支える強力な武器となります。インフラエンジニアとして重要なのは、ツールそのものを導入することではなく、「ビジネスの課題をどう技術で解決するか」という視点を持ち続けることです。
もし皆さんの組織でも移行を検討されているのであれば、まずは小さなマイクロサービスから、あるいは開発環境からスモールスタートすることをお勧めします。技術的な負債を解消し、より生産的な開発体験を手に入れるための第一歩を、ぜひ踏み出してください。

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