モダンなインフラ構成への移行:KubernetesとTerraformを用いたゼロダウンタイム移行の導入事例
概要
現代のWebアプリケーション開発において、レガシーなオンプレミス環境や仮想マシンベースの構成から、クラウドネイティブなアーキテクチャへの移行は、多くの企業にとって避けては通れない課題です。本記事では、ある中規模SaaS企業が、月間数千万リクエストを捌くモノリシックなアプリケーションを、Kubernetes(EKS)とInfrastructure as Code(Terraform)を活用して、ゼロダウンタイムで移行した事例を詳細に解説します。
このプロジェクトの目的は、単なるクラウド移行ではなく、デプロイサイクルの短縮、スケーラビリティの確保、そして運用コストの最適化でした。移行プロセスにおける技術選定の理由、遭遇した課題、そしてそれをどのように克服したのかという知見を共有します。
詳細解説
今回の移行プロジェクトは、大きく分けて「インフラのコード化」「コンテナ化」「トラフィックの段階的移行」の3フェーズで進行しました。
まず、インフラのコード化にはTerraformを採用しました。Terraformを選定した理由は、AWSプロバイダーの成熟度が高く、モジュール化によってマルチ環境(Staging/Production)の再現性が担保できるためです。ネットワーク(VPC)、データベース(RDS)、キャッシュ(ElastiCache)といったリソースをコードとして管理することで、環境構築のヒューマンエラーを排除しました。
次にコンテナ化です。モノリシックなアプリケーションをそのままコンテナ化するのではなく、フロントエンドとバックエンドの境界を明確にし、必要に応じてマイクロサービス化を推進しました。DockerイメージのビルドにはGitHub Actionsを活用し、ビルドの高速化のためにキャッシュ戦略を最適化しました。
最も難易度が高かったのが、トラフィックの段階的移行です。Route 53の加重ルーティング(Weighted Routing)を使用し、最初は5%のトラフィックをKubernetes環境へ流しました。この際、データベースの互換性を保つために、移行期間中はオンプレミスのDBとクラウド上のDBの間でレプリケーションを継続し、整合性を維持する「デュアル書き込み」戦略を採用しました。
サンプルコード
以下は、Terraformを用いてEKSクラスターの基本的なネットワーク基盤を構築する際のモジュール定義の一部です。
# VPCモジュールの定義
module "vpc" {
source = "terraform-aws-modules/vpc/aws"
version = "5.0.0"
name = "production-vpc"
cidr = "10.0.0.0/16"
azs = ["ap-northeast-1a", "ap-northeast-1c"]
private_subnets = ["10.0.1.0/24", "10.0.2.0/24"]
public_subnets = ["10.0.101.0/24", "10.0.102.0/24"]
enable_nat_gateway = true
single_nat_gateway = false
tags = {
Environment = "production"
ManagedBy = "Terraform"
}
}
# EKSクラスターの呼び出し
module "eks" {
source = "terraform-aws-modules/eks/aws"
version = "19.0.0"
cluster_name = "production-cluster"
cluster_version = "1.27"
vpc_id = module.vpc.vpc_id
subnet_ids = module.vpc.private_subnets
eks_managed_node_groups = {
general = {
min_size = 2
max_size = 10
desired_size = 3
instance_types = ["t3.large"]
}
}
}
実務アドバイス
実務の現場において、こうした大規模移行を成功させるための鍵は「可観測性(Observability)」にあります。移行中は、新しい環境でエラーが発生した際に、それがコードの問題なのか、ネットワークの問題なのか、あるいはDBの遅延なのかを即座に特定する必要があります。
我々は、Datadogを活用したメトリクス監視に加え、PrometheusとGrafanaによるKubernetesクラスターの詳細なモニタリングを導入しました。特に重要だったのは、移行前後のレスポンスタイムの比較です。移行前後のP99レイテンシを可視化し、異常値が発生した際に自動的にトラフィックを旧環境へ切り戻す仕組み(ロールバック・オートメーション)を構築しました。
また、チームのスキルセットの底上げも不可欠です。TerraformやKubernetesは学習コストが高いため、移行作業を開始する前に、エンジニア全員でハンズオン形式の勉強会を週次で開催しました。ドキュメント化を徹底し、構成図を常に最新の状態に保つことも、運用フェーズでは非常に重要です。
さらに、コスト管理の視点も忘れてはなりません。クラウドへの移行は、リソースの過剰割り当て(オーバープロビジョニング)により、オンプレミス時代よりもコストが跳ね上がるリスクがあります。KubernetesのPodオートスケーラー(HPA/VPA)を適切に設定し、不要なリソースを自動的に削除するライフサイクルポリシーを徹底することで、コストを最適化しました。
まとめ
本事例から得られた教訓は、「技術的な挑戦には、徹底的な計画と段階的なアプローチが不可欠である」ということです。ゼロダウンタイム移行は、単に技術的なツールを揃えるだけでは達成できません。インフラのコード化、CI/CDパイプラインの整備、そして何よりチーム全体の「インフラに対するオーナーシップ」の向上が、プロジェクトを成功に導く原動力となります。
移行完了後、デプロイサイクルは以前の週1回から1日複数回へと劇的に改善され、開発者の生産性が大幅に向上しました。また、ピーク時のスケーリングも自動化されたことで、インフラ運用の負荷が軽減され、エンジニアは本来のビジネス価値を創出する機能開発に集中できるようになりました。
現代のインフラエンジニアに求められるのは、単にサーバーを立てることではなく、ビジネスの変化に柔軟に対応できる「プラットフォーム」を設計し、運用し続けることです。この記事が、同様の課題を抱えるエンジニアや組織にとって、一歩踏み出すための参考になれば幸いです。インフラのモダン化は、終わりのない旅です。しかし、その過程で得られる知見とシステムのスケーラビリティは、ビジネスにとって計り知れない資産となるでしょう。

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